隣の県、秋田県秋田市の市民活動センター「市民交流サロン」。
秋田拠点センターアルヴェ3階にあります。
そのセンターのブログを見ると・・・
山形市市民活動支援センターのブログやホームページに掲載した内容を紹介してくれていました!ありがとうございます!関心を持ってもらっていて、うれしくなりました。
秋田市市民交流サロンのブログは下記です↓
http://alvesalon.exblog.jp/12253429/
http://alvesalon.exblog.jp/11911483/
県外のNPO情報まで関心を持って活動していらっしゃり、山形の他にも全国のNPO情報も掲載されています。
また、そのブログに書いてある手書きの挿絵がとってもかわいいんです!
皆さんも見てみてください!
センターで育てているバナナが、ようやく色づきました。
青バナナの時期から目をつけていたのですが、なかなか黄色くならずに、お飾りバナナなのねとちょっとあきらめていたら、忘れたころに黄色バナナを発見!!危なく見逃し腐らせるところでした。

バナナ
センターの植物をいろいろ世話してくださっているSさんがいらっしゃったときにみんなで試食。
T氏…「う~ん・・・バナナの香りがすごい・・・」
F(A)氏…「セントラルの味がする」
F(S)氏…「おいしい!!」
S氏…「おいしい!」
I氏…「バナナだね」
S氏…「うん・・バナナだね」
いろんな感想がでましたが・・・
普通、お店で販売しているバナナは青い時期に収穫し店頭に並ぶ前に少しおいて黄色く熟させるんだそうです。木になった状態で熟してしまうと、売り物にならないそう。だけど、やっぱり木になってる状態で熟させると最高に甘くておいしいバナナになるというお話でした。
まっ!感想はいろいろありましたが…バナナを収穫し、いただきました(^-^)/
そして、新入りが二鉢やってきました。

ペピーナ

アセロラ
アセロラとぺピーナです。
アセロラは皆さんご存知の、あの甘酸っぱいお肌にいいフルーツです!
ペピーナはメロン+洋ナシ+αのような味のするフルーツだそうです。高級トロピカルフルーツらしいですよ!
センターに来館されるお客様は、見たことのない珍しい植物に皆さん興味津々(^-^)
現在、コーヒーの木は入院中です。また元気になって戻ってきますように☆

はじめまして。
今月より支援センタースタッフの仲間入りをしました、すがわらです。
よろしくお願いします。
他県から通っていることもあり、今日は、山形市と市民活動とのかかわりについて、考える機会をいただきました。
活動目標となる地域課題を含めた、自分たちの住む地域の「地域らしさ」を考え、「自分たちの地域は自分たちで作る」という意識が、市民活動を地域に定着させていくにあたり、非常に大切なことであると感じました。
また、子ども~青年世代を含めた、次世代の育成=「タテのつながり」
NPO・地域住民・事業者・行政の連携=「ヨコのつながり」
このつながりを、網の目のように広げていくことで、より充実した活動につながっていくということを感じました。
日々の業務の中での気づきを大切に、支援業務にあたっていきたいと思います。
よろしくお願いします。
本日、10時~12時に夏休み子ども講座「マイはしをつくるのってなんのため?」が開催され、小学1年生~6年生までの21名の子どもたちと保護者の皆さんに参加していただきました!ありがとうございました。
参加されたみなさん、世界で一つだけのおはしだいじに使ってください。夏休みの思い出になったらうれしいです^^ご協力いただいたやまがたマイはしクラブの皆様、ありがとうございました。
<講座の様子>


今日、登録団体の「きらりロードの会」が
午前8時より山形駅前東口で活動を行うということで私もおじゃましてきました!
今回は、会のメンバー約10名、ボランティアの山形大学の学生約15名、まちづくりNPOの方、市役所の方など、30名程度で活動を行いました。
いつもそんなに気にしないで通りがかる場所ですが、こんなに草がうっそうとしていたなんて!気付かないものなんですね。

<駅ロータリー前の植え込み・活動前です>。

<活動後です・この後花を植えます>

<完成した花壇です。(M氏から提供いただきました。ありがとうございます。)>
※この事業は、「平成21年度山形市コミュニティファンド市民活動支援補助金」の補助対象事業です。
実施団体:きらりロードの会
事業名:「輝け!YAMAGATA花咲かロード事業」

山形市ファンド・市民活動支援補助金の支給を決める、公開プレゼンテーションまで、10日となった。
7月26日・日曜の午後、霞城セントラル3階、山形市保健センターの大ホールで、NPO12団体のプレゼンテーションは行なわれる。
午後、山形市担当課と、センター職員の合同打合せがあり、当日の進行について打合せ、確認がなされた。
その後は、当日プレゼンに参加されるNPOが数団体、プレゼンの準備作業のため、来所された。
皆さん、仕事の合間、または会社帰りに立ち寄られ、頑張って取り組んでおられる。応募された12団体、その全てが採択されて欲しいという思いで、私たちは応援していきたい。

福祉有償運送事業を展開する当センター登録NPO法人のM理事長が来所され、
件の「裁判員制度」について、ご自身のお考えを私たちに伝えていかれました。
現在、巷でのこの「裁判員制度」についての話題と言えば、
指名された場合にどうやれば回避できるか、とか、
会社や家業をどうやって休めばよいか、
と言ったQ&Aばかりが先行しています。
しかし、福祉有償運送を普段利用されているような方々
(たとえば身体的にハンディを持っていたり、高齢だったり・・)が
選ばれた場合は、いったい国としてどんなサポートを彼らにしてくれるのでしょうか?
国や我々のありがちな反応として、「大変な思いをして裁判所まで足を運ぶのは
忍びないので、裁判員は免除してあげれば良いのでは・・」と言った
一見配慮をしたようなものが想定されます。
しかし、そのような要因で参加が困難な方たちは、本当にこういった対応を歓迎するのでしょうか?
Mさんは、それは「差別!」と、言い切りました。
ただでさえ障がいを持った方々を排除しているのでは?と、
思える様なケースが多いと感じる中、一般市民が司法参加できる
「裁判員制度」の様な国民全員に与えられる“権利と義務”を
一方的に遮断してしまうことは、法の下に平等であるべき姿とは到底思えない実情です。
したがって、参加が困難な方たちへは、よりきめ細かい配慮をしたサポートが
必要になってくるはずで、そういった取り組みを未だ示せていないこの制度自体、
まだまだ問題点が多いという感は否めません。
たとえば、ハンディを持った方々が裁判所まで行く交通手段や様々なハザードへの対応、
そしてハンディの種類による通訳者や介助者の経費の予算化など。
障害を持った方たちにしてみれば不安材料は山積しているのが現状の様です。
そんな状況をふまえて、今私たちにはいったい何をなすべきなのか、考えさせられるお話です。
今、さまざまな分野で「市民参加」が叫ばれる時代ですが、
障がいをお持ちの皆さんも一緒に参画できる環境作りが急務ではないでしょうか。
参考:全国社会福祉協議会からのパンフレット
~ KAZ ~

支援センターの出勤前に、コープたすけあいの会・村山地域総会にお伺いした。というか、総会に合わせて、講演を依頼されていたので、折角の機会なので、総会の様子も伺った、という形だ。
村山管内の昨年度の活動報告が、各地区のコーディネーターからなされ、大変苦労されながらも、地域活動をされていることは、とても尊いことに感じた。
元々、生協は、市民生活の向上をテーマに掲げている。日頃の福祉的活動は、例えば大規模災害時においては、住民や要援護者の安否確認、救援物資の搬送や提供等々、被災住民への生活支援活動につながっている。
民生・児童委員の活動にも通じるところだが、このような、たすけあいの会のような活動が、もっと社会的に評価されることが必要に感じている。

今日、山大のインターン生・ユミさんと、若者支援を行なっている「ぷらっとほーむ」を訪問、T口さんとお話しさせていただいた。
団体としてのボランティア受け入れの難しさ、学校のボランティア体験のあり方、学生と地域活動、他県の大学生ボランティアの現状など、「若者支援」というキーワードを軸に、意見交換させていただき、インターン・ユミさんにとっても貴重な時間となったようだ。
T口さんとお話しさせていただいて、改めて感じるところは、哲学とスキルが重要である、というところだ。活動に哲学が無ければ効果的な企画や正しい評価にもつながらず、スキルが無ければ課題解決にはいたらない。
この点については、NPO活動のみならず、ボランティア活動にも当てはまるし、インターンシップにも該当するところだ。
県内で、このような理論、スキルが学び会える場が、更に広がる仕組み・仕掛けが必要に感じる。
本日13:00~、23F市民活動支援センター高度情報会議室にて、
7/26(日)に行なわれる公開プレゼンの説明会に
山大インターン生の、ユミとリエが参加してきました♪

今日の説明会は当日プレゼンを行なう団体の初顔合わせ、ということで、
各団体の代表者の方から団体紹介が行なわれました。
公開プレゼンへの多くの応募があった中、1次審査を通過した団体というだけあって、個性的でユニークな取り組みをされているみなさんでした。

説明会の一場面
それぞれ違った取り組みをされているので、参加者の方は興味津々で聞いておられる様子でした。
山形市コミュニティファンド市民活動支援補助金公開プレゼンテーションに参加される団体の活動についてもっと知りたい!という方は、当HPの「元気タウン」に登録団体の紹介が載っているので、ご覧になってみて下さい。
また、7/26(日)の公開プレゼン当日は、見学自由!!なので、
市民審査員の募集に間に合わなかった・・・または見てみたい、というかたはぜひ!!いらしてみて下さい(^-^)/
以上、インターンシップ生のユミとリエがお送りしました♪♪

今日の山形は蒸し暑い一日だった。金山で32.2の最高気温だったとおり、ご他聞にもれず、山形市内もまた蒸し暑く、過ごしにくい一日となった。
国内では、秋田の角館で34.5度、京都の舞鶴で34.6度で、沖縄の伊良部(32.3度)よりも、それぞれ暑い日だったようだ。
市民活動支援センターは日中、学生や、親子づれの姿があったが、静かな一日だった。土日の夜は平均して、静かである。
市内学校では試験勉強が始まったそうで、いよいよ夏休みの足音も近づいてきている。
6月から支援センターでインターンを行っている山形大学人文学部3年のKです。今日はvigo FMで、7月26日(日)の午後1時から霞城セントラル3階の山形市保健センター大会議室で開かれる平成21年度山形市市民活動支援補助公開プレゼンテーションの市民審査員募集のお知らせに一緒に行ってきました。
数分間の番組内で、センターの概要、現在センターに登録しているNPOの数とそのNPOの分野、プレゼンテーションの概要と市民審査員募集について話しました。応募締切は7月1日(土)(当日消印有効)ですが、現在続々とセンターに市民審査員の申込が届いています。プレゼンテーションの市民審査員という名前で、固い・難しいというイメージがあるかと思いますが、市民審査員はまだまだ募集中です。みなさんぜひ参加して下さい。
番組終了後、VigoFMのスタジオでみなさんと記念写真を行いました。
スタジオのイスに座っているのが、左から私K、宣伝を行ったセンターのスタッフ、後ろに立っている方々はVigoFMのみなさんです。プレゼンテーション当日もインターン生が協力することになっています。
私はNPOについて興味があり、今日は4日目です。今日は番組中のスタジオ内を見学していましたが、市の予算の一部がNPOの補助金となるので、当日市民審査員が事業のプレゼンテーションに参加する際は、5分間のプレゼンテーションを見て責任を持って審査し、1票を投じなければいけないと感じました。インターンの回数は残りわずかですが、大学の授業では学ぶことができないことをセンターのインターンで学んでいけたらと思います。

今日、市活センターへの出勤前に、山形市社協を訪問した。
現在、山形市社協では、ボランティアセンターのあり方を検討し、ビジョンを修正、ミッションの再構築の作業を、昨年度より行なっている。
月一回ペースで開催されており、今日で11回目、私は別件仕事の都合上欠席となったが、外部委員と社協職員の協働により、ワークを行ない、一歩一歩づつ、方針・使命が固まってきたようだ。
同時に、福祉の手引作成部会、災害ボラセン部会といった、二つの部会が設置され、山形市社協の重要課題である二つの作業も、職員と外部委員の協働により、進められている。
あり方検討会も、部会も、一年越しで、丁寧に進めている。しかも中身が濃い。
社協は50年代から設置され、長い歴史がある。95年の阪神・淡路大震災以降、ボランティア・NPO活動が一気に展開され、社協ボラセンとしても専門の福祉と、多様な分野(17分野)で活動するNPO・ボランティアとどのように関わっていくか、方針の設定から始まり真剣な取り組みがなされ始めている。
先日、とあるNPO支援団体の方が「最近は、社協や行政に比べて、国内全体的に、NPOの勉強不足が目だつ」と、こぼされていたが、とりわけ「NPOを支援するNPO」を指しているのだろう。
先駆的、有機的に柔軟に展開できるのがNPOの強みであったはずだが、行政や社協がこつこつ勉強、実績を積んでいるなかで、NPOが置いてけぼりになることは本末転倒、避けなくてはならない。

市民活動支援センターに、山形大学より研修で、Tさんが来てくれている。
写真、左上の女性。社会に役立つ仕事に就きたい、という希望から、NPOに関心を持っている。これまでの公益サービスは、行政・公務員のみというイメージが強かったが、過去4回にわたりNPOという形で様々な活動を行なっている団体を訪問し、NPOの実態に触れることができたことから、NPOの存在が大きくなっていることが実感できる、と、話してくれた。
今日は、県庁のNPO支援担当課を訪問、今年から新卒で同課に配属となったTHさん、そしてTHさんである上司Sさんより、県のNPO支援の取り組みについてお話を伺うことができた。
また、その後、県社会福祉協議会でボランティア支援を担当しており、また新卒で今年から業務を担当しているYさんからも、ボランティア活動支援とはどんな仕事の内容で、Yさんご自身はどんな思いで働いているのか、等々、教えてもらった。
大学生のTさんと年齢が近い、THさん、Yさんからの取材は、Tさんにとって参考になったのでは、と感じている。

今日、日中、山形県NPO支援センターを訪問した。
同センターの管理・運営を行なっている山形創造NPO支援ネットワークの事務局にて、代表の須藤さんとお会いした。
98年にNPO法が施行され、また、99年にNPO支援ネットワークが設立、それから数えての10年間はどうだったか、そして、これから10年はどう展開していくか、いろいろとお話をうかがい、また、意見交換・情報交換を行なうことができた。
そんな会話が進む間も、入居されているさまざまなNPOが行きかい、社協・関係者が挨拶を交し合う、活気がある。
「NPOを支援し、ネットワークを創造する」NPOと、「山形の公益活動を応援する」NPOとが、どのように事業・活動を展開していくか、当事者である立場上、責任を重く感じながらも、楽しみでもある心境だ。

指定管理制度での公募・審査を経て、アミルが運営を担当し、15ヶ月が経った。
基本的にアミルの団体名である「山形の公益活動を応援する」という方針のもと、模索しながらの、あっという間の時間だった。
今年度から、内部では、より具体的な議論が必要になってきている。
私たちにとって、支援センターとは何か、NPO支援とは何か、目指す方向はどこか、整理するタイミングだ。
目の前にある様々な事業をこなすだけではなく、何のため、誰のためを、職員一同、共通認識のもと、取り組む必要がある。
そんな中で、支援センターとしてのビジョン・ミッションを改めて議論し、整理する時期に来ている。この作業は、しばらく続く。

先日、休みを利用して、新宿にある、とあるNGOを訪問した。このNGOは職員も20名以上、それぞれがプロジェクトを担当しており、カンボジア、アフガニスタン、ミャンマーなど過酷な環境下で生活を強いられている子どもたちに対して、文化・教育支援活動を展開している。
また、国内でも阪神・淡路段震災以降、様々な被災地で支援活動を行なっている団体である。
そんな団体の倉庫を見せてもらったら、物資が多数備蓄されていた。
これは、救援物資ではなく、あくまでも自身の団体用のストックとのことだった。
東京は首都直下型の大地震のほか、東海・東南海地震の発生が危惧されているためだ。災害に対する危機感でいえば、山形のそれとは比べ物にならない。
今回、新型インフルエンザの発生により、何を備蓄すべきか議論した団体はどれほどあっただろうか。新型インフルの流行はまだ終わっていない。スペイン風邪もパンデミックとなったのは、その発生から半年後のことであり、当初はそれほど勢いが無かったのである。
山形はとりわけ災害などが無い、安全・安心な県と言われているが、決して災害とは無縁でないことを認識しなくてはならない。
本当に安心・安全な地域と呼べるのは、災害が発生しえも官民が協力し合いながら、住民を一人も見逃さない仕掛け・仕組みが整ってからではないだろうか。
沖縄戦に動員されたひめゆり学徒隊の生存者の証言を1994年から2006年まで13年にわたって取材してまとめたドキュメンタリー映画「ひめゆり」(プロダクション・エイシア製作、監督・柴田昌平)を観てきました。

生存者の証言を基にしたドキュメンタリー映画で、生存者22人が出演し、ひめゆり学徒らが沖縄陸軍病院に動員された45年3月から5月25日の南部撤退、6月18日の解散命令とその後の南部での彷徨(ほうこう)の様子を、生存した「おばあ」の言葉で語られています。
当時15歳から19歳の女学生の純真な心の動きを思うと、とてもつらくなります。
寝る間もない激務の中で、彼女たちは手術で切り落とした手足を運ぶことにも、死体を埋葬もせず壕の外に放り出すことにも慣れていく。家族を思い出すこともなく自分に与えられた職務を全うします。つらくても友を信じ、「日本国」を信じ、友のために、国のために、激しい戦場に身をおいた彼女たち。
「おばあ」の言葉なのですが、私には実際の映像のように、いいえそれ以上に頭と心になんとも重く、深い部分に当時の様子が伝わってきました。
当時の実際の映像は少ないのですが、その情景がはっきりと見えたように思います。
今、「ひめゆり」生存者は80代。映画の証言者の方で亡くなった方もいらっしゃるそうです。またその一方で「いまだ手記や証言などを残していない人は20人」という字幕が最後に流れていました。壮絶すぎる記憶です。無理もないことです。
cocoの「わすれたいことを話してくれてありがとう」「忘れちゃいけないことを話してくれてありがとう」というメッセージがとても印象的でしたが、私も心からそう思えました。
こうやって私達へ伝えてくれるまでには、多くの葛藤があったこととと察します。
そして、この「言葉」と共に体験されたこと、感じたことを話されている姿は、私達に多くのことを伝えてくれます。
戦争の記録や資料はたくさんありますが、ひめゆり学徒だった「おばあ」たちが、体験を語るこのフィルムはとても貴重なもの。
その姿から、「どんな思いで暮らしてきたのか」「亡くなった友達にどんな思いを抱いて暮らしてきたのか」が痛いほど伝わってくるのです。
「戦争の記憶」を受け継ぐということはとても難しいと感じましたが、今そして未来へつながる大事な記憶。未来を創る子どもたちへもつなげていかなければと思いました。

当日は、柴田昌平監督もいらっしゃって、「ひめゆり」の制作についての想いなどをお話くださいました。
柴田監督だから作ることのできた映画ですね。すばらしい作品をありがとうございました。
「知らなかったよ。日本でこんなことがおきていたなんて。難しかったけど、自分の住んでいる国で戦争があって、レンジャー(ガールスカウトの階級)と同じ年のお姉さんが戦争にまきこまれて、友達が死んで。今の時代は幸せなんだね」・・・難しい映画でしたが、小学5年生の娘が見終わった時にそういいました。そうなんだよね、日本で起きた戦争なのよね。それだけでも覚えていてくれるといいなと思いました。
(柴田監督と話す機会があったのに、感想を伝えられず、握手だけしてもらったことが残念だと話す娘。お手紙にしてぷらっとほーむへとどけるそうです)
「ひめゆり」の映画を薦めてくれた、親子で話せる機会を作ってくれた、ぷらっとほーむの松井愛さん、どうもありがとうございました。
