
今日の山形は蒸し暑い一日だった。金山で32.2の最高気温だったとおり、ご他聞にもれず、山形市内もまた蒸し暑く、過ごしにくい一日となった。
国内では、秋田の角館で34.5度、京都の舞鶴で34.6度で、沖縄の伊良部(32.3度)よりも、それぞれ暑い日だったようだ。
市民活動支援センターは日中、学生や、親子づれの姿があったが、静かな一日だった。土日の夜は平均して、静かである。
市内学校では試験勉強が始まったそうで、いよいよ夏休みの足音も近づいてきている。

今日の山形は蒸し暑い一日だった。金山で32.2の最高気温だったとおり、ご他聞にもれず、山形市内もまた蒸し暑く、過ごしにくい一日となった。
国内では、秋田の角館で34.5度、京都の舞鶴で34.6度で、沖縄の伊良部(32.3度)よりも、それぞれ暑い日だったようだ。
市民活動支援センターは日中、学生や、親子づれの姿があったが、静かな一日だった。土日の夜は平均して、静かである。
市内学校では試験勉強が始まったそうで、いよいよ夏休みの足音も近づいてきている。
6月から支援センターでインターンを行っている山形大学人文学部3年のKです。今日はvigo FMで、7月26日(日)の午後1時から霞城セントラル3階の山形市保健センター大会議室で開かれる平成21年度山形市市民活動支援補助公開プレゼンテーションの市民審査員募集のお知らせに一緒に行ってきました。
数分間の番組内で、センターの概要、現在センターに登録しているNPOの数とそのNPOの分野、プレゼンテーションの概要と市民審査員募集について話しました。応募締切は7月1日(土)(当日消印有効)ですが、現在続々とセンターに市民審査員の申込が届いています。プレゼンテーションの市民審査員という名前で、固い・難しいというイメージがあるかと思いますが、市民審査員はまだまだ募集中です。みなさんぜひ参加して下さい。
番組終了後、VigoFMのスタジオでみなさんと記念写真を行いました。
スタジオのイスに座っているのが、左から私K、宣伝を行ったセンターのスタッフ、後ろに立っている方々はVigoFMのみなさんです。プレゼンテーション当日もインターン生が協力することになっています。
私はNPOについて興味があり、今日は4日目です。今日は番組中のスタジオ内を見学していましたが、市の予算の一部がNPOの補助金となるので、当日市民審査員が事業のプレゼンテーションに参加する際は、5分間のプレゼンテーションを見て責任を持って審査し、1票を投じなければいけないと感じました。インターンの回数は残りわずかですが、大学の授業では学ぶことができないことをセンターのインターンで学んでいけたらと思います。

今日、市活センターへの出勤前に、山形市社協を訪問した。
現在、山形市社協では、ボランティアセンターのあり方を検討し、ビジョンを修正、ミッションの再構築の作業を、昨年度より行なっている。
月一回ペースで開催されており、今日で11回目、私は別件仕事の都合上欠席となったが、外部委員と社協職員の協働により、ワークを行ない、一歩一歩づつ、方針・使命が固まってきたようだ。
同時に、福祉の手引作成部会、災害ボラセン部会といった、二つの部会が設置され、山形市社協の重要課題である二つの作業も、職員と外部委員の協働により、進められている。
あり方検討会も、部会も、一年越しで、丁寧に進めている。しかも中身が濃い。
社協は50年代から設置され、長い歴史がある。95年の阪神・淡路大震災以降、ボランティア・NPO活動が一気に展開され、社協ボラセンとしても専門の福祉と、多様な分野(17分野)で活動するNPO・ボランティアとどのように関わっていくか、方針の設定から始まり真剣な取り組みがなされ始めている。
先日、とあるNPO支援団体の方が「最近は、社協や行政に比べて、国内全体的に、NPOの勉強不足が目だつ」と、こぼされていたが、とりわけ「NPOを支援するNPO」を指しているのだろう。
先駆的、有機的に柔軟に展開できるのがNPOの強みであったはずだが、行政や社協がこつこつ勉強、実績を積んでいるなかで、NPOが置いてけぼりになることは本末転倒、避けなくてはならない。

市民活動支援センターに、山形大学より研修で、Tさんが来てくれている。
写真、左上の女性。社会に役立つ仕事に就きたい、という希望から、NPOに関心を持っている。これまでの公益サービスは、行政・公務員のみというイメージが強かったが、過去4回にわたりNPOという形で様々な活動を行なっている団体を訪問し、NPOの実態に触れることができたことから、NPOの存在が大きくなっていることが実感できる、と、話してくれた。
今日は、県庁のNPO支援担当課を訪問、今年から新卒で同課に配属となったTHさん、そしてTHさんである上司Sさんより、県のNPO支援の取り組みについてお話を伺うことができた。
また、その後、県社会福祉協議会でボランティア支援を担当しており、また新卒で今年から業務を担当しているYさんからも、ボランティア活動支援とはどんな仕事の内容で、Yさんご自身はどんな思いで働いているのか、等々、教えてもらった。
大学生のTさんと年齢が近い、THさん、Yさんからの取材は、Tさんにとって参考になったのでは、と感じている。

今日、日中、山形県NPO支援センターを訪問した。
同センターの管理・運営を行なっている山形創造NPO支援ネットワークの事務局にて、代表の須藤さんとお会いした。
98年にNPO法が施行され、また、99年にNPO支援ネットワークが設立、それから数えての10年間はどうだったか、そして、これから10年はどう展開していくか、いろいろとお話をうかがい、また、意見交換・情報交換を行なうことができた。
そんな会話が進む間も、入居されているさまざまなNPOが行きかい、社協・関係者が挨拶を交し合う、活気がある。
「NPOを支援し、ネットワークを創造する」NPOと、「山形の公益活動を応援する」NPOとが、どのように事業・活動を展開していくか、当事者である立場上、責任を重く感じながらも、楽しみでもある心境だ。

指定管理制度での公募・審査を経て、アミルが運営を担当し、15ヶ月が経った。
基本的にアミルの団体名である「山形の公益活動を応援する」という方針のもと、模索しながらの、あっという間の時間だった。
今年度から、内部では、より具体的な議論が必要になってきている。
私たちにとって、支援センターとは何か、NPO支援とは何か、目指す方向はどこか、整理するタイミングだ。
目の前にある様々な事業をこなすだけではなく、何のため、誰のためを、職員一同、共通認識のもと、取り組む必要がある。
そんな中で、支援センターとしてのビジョン・ミッションを改めて議論し、整理する時期に来ている。この作業は、しばらく続く。

先日、休みを利用して、新宿にある、とあるNGOを訪問した。このNGOは職員も20名以上、それぞれがプロジェクトを担当しており、カンボジア、アフガニスタン、ミャンマーなど過酷な環境下で生活を強いられている子どもたちに対して、文化・教育支援活動を展開している。
また、国内でも阪神・淡路段震災以降、様々な被災地で支援活動を行なっている団体である。
そんな団体の倉庫を見せてもらったら、物資が多数備蓄されていた。
これは、救援物資ではなく、あくまでも自身の団体用のストックとのことだった。
東京は首都直下型の大地震のほか、東海・東南海地震の発生が危惧されているためだ。災害に対する危機感でいえば、山形のそれとは比べ物にならない。
今回、新型インフルエンザの発生により、何を備蓄すべきか議論した団体はどれほどあっただろうか。新型インフルの流行はまだ終わっていない。スペイン風邪もパンデミックとなったのは、その発生から半年後のことであり、当初はそれほど勢いが無かったのである。
山形はとりわけ災害などが無い、安全・安心な県と言われているが、決して災害とは無縁でないことを認識しなくてはならない。
本当に安心・安全な地域と呼べるのは、災害が発生しえも官民が協力し合いながら、住民を一人も見逃さない仕掛け・仕組みが整ってからではないだろうか。
沖縄戦に動員されたひめゆり学徒隊の生存者の証言を1994年から2006年まで13年にわたって取材してまとめたドキュメンタリー映画「ひめゆり」(プロダクション・エイシア製作、監督・柴田昌平)を観てきました。

生存者の証言を基にしたドキュメンタリー映画で、生存者22人が出演し、ひめゆり学徒らが沖縄陸軍病院に動員された45年3月から5月25日の南部撤退、6月18日の解散命令とその後の南部での彷徨(ほうこう)の様子を、生存した「おばあ」の言葉で語られています。
当時15歳から19歳の女学生の純真な心の動きを思うと、とてもつらくなります。
寝る間もない激務の中で、彼女たちは手術で切り落とした手足を運ぶことにも、死体を埋葬もせず壕の外に放り出すことにも慣れていく。家族を思い出すこともなく自分に与えられた職務を全うします。つらくても友を信じ、「日本国」を信じ、友のために、国のために、激しい戦場に身をおいた彼女たち。
「おばあ」の言葉なのですが、私には実際の映像のように、いいえそれ以上に頭と心になんとも重く、深い部分に当時の様子が伝わってきました。
当時の実際の映像は少ないのですが、その情景がはっきりと見えたように思います。
今、「ひめゆり」生存者は80代。映画の証言者の方で亡くなった方もいらっしゃるそうです。またその一方で「いまだ手記や証言などを残していない人は20人」という字幕が最後に流れていました。壮絶すぎる記憶です。無理もないことです。
cocoの「わすれたいことを話してくれてありがとう」「忘れちゃいけないことを話してくれてありがとう」というメッセージがとても印象的でしたが、私も心からそう思えました。
こうやって私達へ伝えてくれるまでには、多くの葛藤があったこととと察します。
そして、この「言葉」と共に体験されたこと、感じたことを話されている姿は、私達に多くのことを伝えてくれます。
戦争の記録や資料はたくさんありますが、ひめゆり学徒だった「おばあ」たちが、体験を語るこのフィルムはとても貴重なもの。
その姿から、「どんな思いで暮らしてきたのか」「亡くなった友達にどんな思いを抱いて暮らしてきたのか」が痛いほど伝わってくるのです。
「戦争の記憶」を受け継ぐということはとても難しいと感じましたが、今そして未来へつながる大事な記憶。未来を創る子どもたちへもつなげていかなければと思いました。

当日は、柴田昌平監督もいらっしゃって、「ひめゆり」の制作についての想いなどをお話くださいました。
柴田監督だから作ることのできた映画ですね。すばらしい作品をありがとうございました。
「知らなかったよ。日本でこんなことがおきていたなんて。難しかったけど、自分の住んでいる国で戦争があって、レンジャー(ガールスカウトの階級)と同じ年のお姉さんが戦争にまきこまれて、友達が死んで。今の時代は幸せなんだね」・・・難しい映画でしたが、小学5年生の娘が見終わった時にそういいました。そうなんだよね、日本で起きた戦争なのよね。それだけでも覚えていてくれるといいなと思いました。
(柴田監督と話す機会があったのに、感想を伝えられず、握手だけしてもらったことが残念だと話す娘。お手紙にしてぷらっとほーむへとどけるそうです)
「ひめゆり」の映画を薦めてくれた、親子で話せる機会を作ってくれた、ぷらっとほーむの松井愛さん、どうもありがとうございました。
6月13日(土)に、NPO法人のびのび会(山形市小荷駄町で「ワークポケット」という障がい者福祉サービス事業所を運営しています。)の主催する「ふろしき市」に取材におじゃましてきました。
「ふろしき市」では、どんな古着でも100円均一です。(※新品などを除く)
当日は、開店前から人が並ぶ盛況ぶり!
用意された洋服は、なんと段ボール600箱分!ほとんどが市民の方から寄付していただいたものだそうです。全国版のNHKでこのバザーが紹介されてからは県外からも商品が集まるようになったそうです。
会場には、バーゲンのようにたくさんの方が来場されていました!

当日は、たくさんのお客様が来場されて、お忙しい中、代表の藤井倶子さんがお話を聞かせてくださいました。藤井さん、ありがとうございました。のびのび会の運営のお話や、利用者への支援の立ち位置について、バザーやワークポケットのことを地域の方にわかってもらう努力について・・・など様々なお話を聞くことができました。
お話の途中、藤井さん手作りのレモンケーキを出してくださいました。

活動でお忙しいのに、手伝っているスタッフのためにレモンケーキを作ったり、他にも県外へ自ら研修へ行って勉強したりしている藤井さん。
この活動への深い想いを感じました。
このバザーの様子、のびのび会・ワークポケットの紹介はセンターホームページ「山形市の市民活動のご紹介」で、近々紹介しますので、お楽しみに!
私は、センターのホームページの取材で、月に1・2回、上記のように様々な団体の活動現場に伺って、一緒に活動を体験させてもらったり、見学させてもらったりしています。またその中で、たくさんの方に出会い、お話をきかせていただいています。本当に、いい機会をいただいるなぁと感じています。ご協力いただいている皆さんありがとうございます。
(hiromin)
今日は、朝9時から霞城セントラルの消防訓練がありました。
火元を18階とし、22階に「逃げ遅れた人」がいるという設定です。
朝から当センターは、100人を超す人たちであふれかえっていました。
9時過ぎに私は、「逃げ遅れた人」を見捨てて(笑)、非常階段に向かいました。
単調な階段のせいか、22階から1階までは意外に長く感じ、運動不足を実感。
なかには、グルグル目が回った人もいたそうです。
私も目が回って救助されたりしなくて良かったです。
1階までおりて、セントラルの広場へ。
マスコミも取材に来ていました。
私も、はしご車による救助活動を見守りながら、次々と逃げてくる人たちと一緒になって、消防隊員の方のためになる話を聞いていました。
はしご車の先端にあるカゴは、結構揺れるので、救助の際には座ってもらうということや、はしごは下側(車側)でもカゴ側でも操作できる・・・などなど、日頃知らないことをたくさん教えていただきました。
しばらくするとはしご車の先端から放水が!
はしご車は、ポンプ車とコラボレーションして、カゴのところから放水できるなんて、知らなかった(ような知ってたような)。
次に、消火器による消火訓練。
まあ、実際には、消火器の中には、薬剤ではなく水が入っていたのですが。。
そして、ヘリによる救助訓練。
ホバリングを数分しながらの救助でした。
数十メートル下で見ていた私のところにも、ホバリングによる強風が吹き、目にゴミが入ってきました。
消防隊員と救急隊員の仕事ぶりに脱帽な午前中でした。
この前、お休みの日に発見しました・・・
空に、虹が大きく一本かかっていました。
初めて見たので皆さんにもおすそ分けしたいと思います。

車から撮ったので、ちょっと見にくくてすみません。。
センタースタッフのFさんが、
「虹の橋の根元には・宝物が埋まっているらしいですよ!」と言っていました。
虹の根元とは・・・

でも、虹の近くに行くとどこが根元かわからなくなってしまうので見つけられないんだそうです。