昨日、ケーブルテレビを何気なく見ていたら、山形市内にお住まいの元高校の美術教師で、現在は俳句や短歌など創作活動をされている方のドキュメンタリーが放送されていました。
その方は現在80歳近くになるのですが、美術教師をしているときに失明してしまったために、絵を描くということに、ピリオドをうつことに。
テレビの中ではその時のつらかった心境を句にしていらっしゃいました。
絵を描くことは残念ながらあきらめなければならなかったのですが、何か他の方法で自分を表現することができないか、ということで文字で自分を表現する・・・句を創作するならできるだろうと立ち上がって、現在では本まで出版することになったそうです。
その方には奥さんがいらっしゃるのですが、目が見えなくても奥さんに生活のことを全部まかせるのではなく、自分のできることは何でも自分でやる、ということで、家事も積極的にされている姿が印象的でした。
失明してしまったときは人にも言えぬつらく苦しい中にあったと思いますが、今では元気に生活されているようでした。
私事になりますが、以前、福祉ボランティアをやっていた時のこと。視覚障害を持った方と触れ合う機会が多くありました。しかし、出会った方は、目が見えないことをもろともせず、ピアノやハーモニカの演奏を特技としてお持ちだったり、逆に元気をもらうことも沢山ありました。
人よりも足りない部分があったとしても前向きに頑張っている人がたくさんいる。そして、できないことよりもできる可能性の方に目を向けていく。
できることに目を向け努力することで、可能性の花も開くのかもしれないと感じました。

山形市身体障害者福祉協会の方が新しいお花をもってきてくださいました。
今度はいろとりどりのカーネーションです。いつもありがとうございます(sayaka)

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