こんにちは。担当は、hirominです。

 ブログを始めて、早2ヶ月・・・。実は、このブログ、書き込みは当番制です。誰も書き込みを休むことなく、3日坊主になることなく、続いてきました。このまま続きますように。(お前が気をつけろよ!って声が聞こえてきそうですが・・・)

 最近は、登録団体さんのブログや県内はもちろん県外のNPO関連センターさんのブログ更新もチェックしています。

見ると、結構いろいろなブログで、この時期の夕焼け写真がアップされています。どこでも、きれいな夕焼けが同じ時間に見れるってすごいですね。

以前、所長担当の回でも、センターから見える夕焼けを取り上げてありましたが、センターからは月山・朝日連峰にかかる夕焼けを見ることができます。センターに夕方お越しの際はチェックしてみてください。

9月半ばに撮影しました。

9月半ばに撮影しました。

 さて、前置きが長くてすみません。

 今日のセンターおすすめ情報は、23階の山形市のまちづくり情報の展示についてです。

23階には、山形市の旧町名がわかる絵図や、最上義光がお殿様だった時代の町割り図のパネルが展示してあります。

最上氏時代の城下町割り図

 

 

 

 

 

 

 

上の写真の拡大図

 この絵図の中のどの辺りに、現在の霞城セントラルが建てられたか皆さんわかりますか?

現在、霞城公園として整備されている部分を考えながら見ると、だいたいわかります。(ちょっと見にくくてすみません)(※現在、霞城公園のまわりを囲っているお堀は、昔山形城の二の丸のお堀でした。)

皆さんが利用している霞城セントラルの下にも昔の城下町の遺跡が眠っているということが、わかります。

絵図には、当時の城下町への入り口も書いてあります。

 城下町に入るには、三の丸のお堀を渡ってそれぞれの入口から入らなければなりませんでした。絵図を見るとそれぞれ、肴町口、十日町口など名前が付いています。絵図に記されている入口は、「11個」。

 

 さてさて、ここで問題です。言い伝えによると入り口を11個にしたのには、ちゃんと理由があるんだそうです。では、なぜ城下町への入り口を11個にしたのでしょうか?(ミステリハンター風)

答えは、次回のhiromin担当の時に出しますので、それまでの宿題です。

 

 

ということで、23階には、こういった山形の昔を知ることができる展示もありますので、興味のある方はぜひご来館ください!おすすめ情報その5でした~。

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